奈良発靴ジャーナル

2021/02/26
KOTOKAの革 Vol.2 たつの蝋引きレザー
KOTOKAの革 Vol.2 たつの蝋引きレザー
KOTOKAの革 Vol.2 たつの蝋引きレザー

履くほどに浮き出る陰影と深み。
たっぷり染み込ませたワックス(蝋)が個性的な表情の秘密。

新しい奈良の革靴「KOTOKA」は日本の感性を生かした靴。簡素な中に美しさを見出す美意識や素材をそのまま生かすという考え方で開発されました。日本料理のように、素材を厳選し、多くの加工をせずにその良さを生かす。そんな靴づくりを目指して、素材である革を探していく中で出会った個性ある日本の革。そのひとつが、この「たつの蝋引きレザー」です。

厚手のある牛革。食肉用に飼育された牛の皮からつくる副産物なので環境循環型の素材とも言えるでしょう。厚さのある分しっかりとした張りを持つ一方で、固さを感じない不思議なしなやかさもある。仕上がった革には色ムラやシワが強く出ているのに、靴にするとスムーズな表情になる。靴を履くと再び印象的なシワが刻まれ、色の陰影が浮き出てくる。世界には無数の革がありますが、こんな特徴を持つ革は滅多にありません。

そんな個性的な「たつの蝋引きレザー」。鎌倉時代に遡る革づくりの歴史を持つ兵庫県たつの市でつくられています。お隣の姫路市と共に、日本最大の革の産地でもあるこの地を訪れて、この不思議な革の秘密を探ってきました。

多くの手間をかけて、芯まで染み込ませる。
これほどたっぷりワックス(蝋)を含んだ革は他にない。

「たつの蝋引きレザー」をつくっているのは、たつの市のタンナー(革製造業者)、株式会社マルヒラさん。革という「素材」のつくり手であるが故に、その名が革製品のユーザーに知られることはまずありませんが、たつの市に数多くあるタンナーの中でも、仕上げの技術力で高い評価を得ています。

この革の最大の特徴は、他のどの革よりもたっぷりとワックス(蝋)を染み込ませていること。染めてオイルを含ませた革の銀面(表面)にワックス(蝋)を染み込ませたり、塗り込んだりした革はありますが、「たつの蝋引きレザー」のようにオイルを入れずに革の芯までワックスを染み込ませ、その後も何度もワックスを塗り込む革は希少です。

最初にクロムなめしという方法で、その下地となる革をつくります。仕上げ工程において高温で溶かしたワックス(蝋)を何度も染み込ませるこの革は、熱に強い革でなければならず、そのためにはまずクロムでなめす必要があるのです。その後に行われる染色の際、タンニンによる二次なめしを行います。

さらにその後、回転ドラムで溶かしたワックス(蝋)を革の芯まで染み込ませます。アイロン工程がそれに続きます。革の芯に集まるワックスを、革の銀面(表面)と床面(裏面)のそれぞれにしっかりと染み戻すのです。それから、丘染めと呼ばれる手法で銀面を再び染色し、もう一度ワックスを擦り込む。その度に、革の中でワックスが動いて、革の色や表情が変わります。気温の高い夏と低い冬では、ワックス動き方も違うため、同じ色合いと風合いを出すには、環境や革ひとつひとつの性質の違いを見極めながら、微妙に工程を調整します。

最後に行う「揉み」。
この「揉み」とワックス(蝋)の相互作用が醸し出す風合い。

「たつの蝋引きレザー」のもうひとつの特徴は「揉み」にあります。通常の革は、なめしと染色の二回、回転ドラムで揉まれてつくられますが、この革はさらに二回、合計四回、回転ドラムに入ります。追加される二回は、ワックス()を最初に浸透させる工程。そして最後に行われる、空打ち、と呼ばれる工程です。

この空打ちは「たつの蝋引きレザー」の風合いを決める重要な工程。ワックス(蝋)をしっかりと染み込ませた革をドラムに入れて回転させることで、ワックスが固めた革の繊維をほぐし、柔らかくします。また、革が揉まれることで、革の中のワックスが移動することにより色ムラが生じ、同じく揉まれてできるシワを引き立てます。たっぷりと染み込ませたワックスと揉み工程が相乗効果を生み出すのです。

革から靴へ、そして、靴を履くほどに。
ワックス(蝋)が変える革の表情。

仕上がった革はツヤも色ムラも強く、大きなシワが入っています。これを靴にする段階では、木型(靴の形のモールド)の上で蒸気と熱で革を柔らかくしてから伸ばして形成します。すると靴の上でこの革がスムーズな表情に。革の中のワックス(蝋)が熱で柔らかくなり、また冷えて固まることで、革の色ムラやシワがいったん隠れるのです。

「たつの蝋引きレザー」の KOTOKA の靴は、張りがある厚手の革ながら、履くとすぐ柔らかく馴染みます。これも、揉みとワックスの相互作用。揉まれて柔らかくなった革に張りを与えているワックス(蝋)が、履くと体温で柔らかくなって革を馴染ませるのです。

履き込むと、生まれる自然な色ムラや、その上に明るく浮き立って味わい深い表情をつくるシワ。ここまで読んでいただいたら、この味わい深い経年変化がどこから来るかお分かりですね。

ワックス(蝋)をたっぷり含んでいるので水濡れにも強く、お手入れも簡単です。通常はブラッシングで埃を払い、汚れが着いたら濡れた布を硬く絞って拭き取る程度で大丈夫。ワックスが革から抜ける心配はありませんし、こまめにオイル分を補給する必要もありません。ツヤを出したい場合はシュークリームで磨いてください。

ひとつ気を付けていただくとすると、防水スプレーを使わないこと。スプレーに含まれる溶剤が革の表面のワックス分を溶かして、シミをつくってしまうからです。革に含まれるワックス(蝋)で撥水性を持ち水濡れにも強い革ですので、防水スプレー無しでも、雨の日に履いていただけるのです。

この個性的な「たつの蝋引きレザー」。このようにワックス(蝋)と揉みが絶妙な相互作用を繰り広げるに至るには、革の仕上げにおいて豊富な深い経験と高い技術を誇るタンナー、株式会社マルヒラさんでも、何十回もの試行錯誤が必要だったのです。

革で折り鶴をつくれないか?
そんなユニークな試みから生まれた革。

「たつの蝋引きレザー」は、実は、革で折り鶴をつくりたい、というお客様の要望から生まれたといいます。お客様は株式会社マルヒラさんの革を使って和風の革小物をつくっている工房の主。店頭での和風のディスプレイに革の折り鶴を使いたい、というのが発端だったそう。三年ほど前のことです。

薄く柔らかい革では折れても張りが足らず、張りがある革は紙のようには折れません。この矛盾を解く鍵がワックス(蝋)と揉みで張りと屈曲を自在に操ることでした。

「今までにない革を苦労して開発している時が一番楽しい」。このタンナーの二人の取締役、藤瀬氏と椋氏の言葉です。多彩な革の、その個性をつくるのは仕上げの工程。その工程において株式会社マルヒラが高い評価を得ているのは、この二人がいるからです。

試行錯誤を繰り返して、蝋の分量、染み込ませ方、揉みの塩梅が見えてきて、革の折り鶴が出来上がりました。それを厚手の革に応用するために、さらに試行錯誤を繰り返す。こうして仕上げ工程が完成したのが、約二年前。KOTOKA の開発が始まる半年前のことでした。

今思うと、日本の革にこだわって、厚手でしなやかな革を探していた KOTOKA と、この「たつの蝋引きレザー」。その出合いは、運命だったのかもしれません。現時点(20212月)では、この革で靴をつくっているのは KOTOKA だけですが、この素晴らしい革、近い将来、色々なブランドが、靴や鞄を始めとする革製品に使い始めるかもしれません。

今はまず、「たつの蝋引きレザー」で作った靴は KOTOKA だけ。KOTOKAで、この個性溢れる革の柔らかな履き心地と履くほどに増す風合いを楽しんでいただければ、こんなに嬉しいことはありません。

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