KOTOKAのために開発した革
新しい奈良の革靴「KOTOKA」は、奈良の7社の革靴メーカーが共同で開発し、奈良で製造する靴です。奈良に息づく日本古来の伝統を生かした靴にしようと、7社で考え抜いてつくられました。簡素さの中に美を見出す日本独特の感性や、素材を厳選し、多くの加工をせずにその良さを生かす日本料理の考え方を取り入れた革靴です。KOTOKAが、裏張り(ライニング)を付けない一枚革で靴をつくることにしているのも、こうした理由からです。
その靴づくりの出発点は、個性ある日本の革の中から素材となる革を厳選し、その風合いや特性を引き出すこと。とはいえ、一枚革の靴、KOTOKAが求める、厚手の、しかし柔らかで、風合いに富み、履くことでそれが増す革はそれほど多くはありません。靴にできる革は無数にありますが、KOTOKAが求める厚さを持っているものは少ないのです。
そんな理由から、KOTOKAが求める厚さとしなやかさを持つ新たな革を、大阪の革問屋「ミヤツグ」さんにご協力いただき、兵庫県たつの市のタンナー(革製造工場)「マルヒラ」さんに開発していただくことにしました。
兵庫県たつの市は、鎌倉時代から続く革づくりの伝統を持っており、現在でも隣の姫路市と共に日本最大の革の産地となっています。中でも、革の仕上げ技術と経験の蓄積においてトップレベルのタンナーである「マルヒラ」さんで、1年ほどの試行期間を経て出来上がったのが「たつのハンドワックスレザー」です。
まず KOTOKA のために開発されたこの「たつのハンドワックスレザー」、現在では KOTOKA以外の革製品にも使われ、好評とのことです。
しっとりとした艶と陰影ある深い色合い
経年変化が楽しみな茶芯レザー
KOTOKAでは、まず2022年の夏に発売した「ならやまサンダル」にこの革を使用しました。
また定番アイテムの「一枚革ダービー」のブラックとバーガンディの革を、この革に切り替えていきます。
画像でもお分かりいただけるように「たつのハンドワックスレザー」は、深い色合いとしっとりとした艶を持つ革です。革の断面が茶色なのは、丘染めの、茶芯レザーだから。水と染料を入れたドラムに革を入れて革の芯まで染める革に対して、台の上で革の銀面(肌面)のみを染める方法を丘染めと呼びます。丘染めの革は、表面が染まっていても芯にはなめしを終えた時の色(多くは茶色)が残っており、このような革が「茶芯」と呼ばれます。
茶芯の革は、なんと言っても経年変化の面白みが魅力です。靴を履き込むと革色の下から茶色の芯地が見えてきて、革の表情が豊かになります。特にブラックの革でその表情の変化が際立ちます。次の画像は、約半年履いたKOTOKA一枚革ダービーです。黒い革の下からわずかに茶芯が見え始めています。週一回履くとすると一年ほどで茶芯がもっとはっきり現れ、経年変化の楽しさが増すことでしょう。
手作業で革に溶かしたワックスを擦り込む
手間を惜しまない製法で、一枚々々丹念に仕上げられる
ほとんどの場合、革づくりには専用の大型設備が必要です。そうした設備を活用して、効率良く生産を進める必要があるのです。そうした中で「たつのハンドワックスレザー」はとてつもない手間をかけた革だと言えます。この革を開発した、たつの市のタンナー「マルヒラ」さんでは、革の個性をつくるのに最も大切な、仕上げ工程を行なっています。ベースとなる革の下地はタンニンなめしされ、下染めされた、いわゆるヌメ革です。
ヌメ革下地は、厚手の一枚革のベルトを想像していただくとわかるとおり、硬く引き締まった革です。「マルヒラ」さんでの仕上げ工程の前半は、まず、この下地に動物性のオイルを加え、丘染めし、またオイルを加える、というもの、色を整え、革にしなやかさを与えます。
そこから先がこの革独特の、そして大変な手間がかかる工程です。手作業で、何度も、革にワックスを擦り込むのです。ワックスはカルナバ系の固形のもの。常温では画像のような塊となっているワックスを、小さな鍋で熱して溶かすのです。
80℃の温度でワックスはこのように液体になります。常温で固形となるワックスですから、革が冷たいと革に塗りこんでもすぐに固まってしまいます。ワックスを革を革の銀層(表面の硬い層)にしっかり浸させるには革そのものもある程度温めておかなければなりません。そのためには革を載せる作業台も温める必要があります。ワックスを溶かしながら、こうした作業の下準備を行います。温度管理の塩梅は季節によっても変わってきます。革も、作業台も気温に合わせて温め方を変えなくてはなりません。経験がものを言うところです。
いよいよ革にワックスを擦り込む工程。まずはワックスを革の銀面にしっかり塗り込みます。革の部位によってワックスの浸み込み方も違うため、革の状態に気を付けながら何度も塗り込みます。
ある程度の面積ワックスを塗ったら、すぐにハンドアイロンをかけます。10kgもあろうかという大きな重いアイロンです。これで熱を加えてワックスを浸み込ませるのです。革の表面にある銀層は、密度の高い繊維組織を持つ層。タンニンなめしのヌメ革ではその層も厚くなっています。この銀層がしっかりとワックスを含むよう、念入りに浸透させます。
アイロンの温度管理にも経験と熟練が必要です。アイロンには温度調節機能がないため、スイッチをオン、オフしながら、アイロンが十分ワックスを溶かしつつも革を傷めない温度を保つ必要があるのです。このアイロンの工程にはとても時間がかかりますが「たつのハンドワックスレザー」にとっては核心的な工程です。
気温や革の一枚ごとにわずかに違う性質を見極めながら、このワックスを塗ってハンドアイロンでしっかり浸み込ませる、と言う工程を3回~4回繰り返します。一回行うだけでも大変な手間がかかる作業です。これほどまでに手間のかけられる革は、なかなかありません。「たつのハンドワックスレザー」の名前の由来がお分かりいただけたかと思います。
こうして手間をかけてワックスがしっかり浸み込むと、革に柔らかな陰影と独特のしっとりとした艶が生まれ、水濡れや擦れに対する耐久性も向上します。
「たつのハンドワックスレザー」はしっとりした艶、色の陰影に加えてその経年変化が魅力であると書きましたが、この革の魅力はそれだけではありません。例えば、ワックスが浸み込むことで起きるプルアップ。プルアップとは革を引っ張るとその部分の色が明るくなる現象です。革の中のワックスが押されて移動することでこうした色の変化が起きます。このプルアップする性質は、履いてシワが入った革にシワにそった陰影、色の濃淡を作り出します。また革の銀層が引き締まって厚いヌメ革ならではのシワの刻まれ方。「たつのハンドワックスレザー」は、これほどまでに個性的な、奥深い魅力を持った革なのです。