紳士用革靴の国内有数の産地である奈良県。中でも革靴メーカーが集まっているのは大和郡山市です。現在は7社の革靴メーカーが小泉町と新町に工場を構え、日々革靴を製造しています。
かつては30社以上のメーカーがしのぎを削っていたこの地域ですが、市場の縮小、安価な海外製品との競合など厳しい環境の中で、現在は7社となってしまいました。だからこそ、生き残った7社が、将来に向けて奈良の靴づくりの付加価値を高めなければ、と共同で様々な取り組みを始めています。
7社が加盟する奈良靴産業協同組合の理事長として、そんな取り組みの中心的存在でもあるのが、株式会社トローベルシューズの社長、寺岡章吾氏です。奈良らしい革靴とは何か。なかなかに難解な自問自答から始め、7社が共同で一つの革靴ブランドを運営し、順調に育てている珍しいケース、KOTOKA なども、奈良靴産業協同組合が主体となって、これからの奈良の革靴のあり方を考えた結果のひとつです。トローベルシューズの工場でも KOTOKA を 2種類、製造しています。
自ら日々、工場で靴をつくる章吾氏は、1964年創業のトローベルシューズの二代目。社長業の傍らで、革靴製造のさまざまな工程を自らの手で効率良くこなす章吾氏。学業を終えて当然のように靴をつくり始めたものだろうと想像してしまいますが、若い頃は家業を継ぐつもりはなかったそう。公務員だったのです。しかし先代の急逝により、家業を継ぐことになりました。バブル経済の余波のような勢いも翳りを見せていた時代でした。
それ以降、厳しい時代に会社を切り盛りしながら靴づくりを続けてきた寺岡氏ですが、工場で革を裁断し、木型の上でつり込み、底付けをする姿に苦労の色は見えず、実に楽しそうです。その秘訣は、家族全員がそこにいるからではないでしょうか。
トローベルシューズでは、社長の寺岡章吾氏の奥様の多津子さん、長男の庸介氏、長女の真悠さんと、一家4名が揃って、他の従業員5名と共に働いているのです。奈良の靴メーカーでは、社長の奥様や兄弟、親族が一緒に仕事をしていることは珍しくはないのですが、一家全員が一緒に働いているのは、ここ、トローベルシューズだけです。
長男の庸介氏は社長の章吾氏と共に靴づくりの現場で働いています。例えば、章吾氏が革を裁断し、その部材に庸介氏が銀ペンで縫製のためのマーキングをする、などと、親子で連携して靴づくりの工程を進めています。
しかし、庸介氏も、父、章吾氏と同じく、元々は家業を次ぐつもりはありませんでした。大学を卒業して暫くは、IT関連の会社で働いていたのです。母、多津子さんの勧めもあって会社を辞めてトローベルシューズで両親と共に働き始めて4年目になります。最初は靴づくりを学びながら、IT系の仕事の経験を生かし、ECサイトを立ち上げました。市場や消費行動が大きく変化している時に、自分にできることは何かを考えた結果だそうです。
そのECサイトは、現在、社長の奥様、多津子さんが中心に運営しています。多津子さんは章吾社長が家業を継ぐことになった少し後に、夫をサポートすべく入社し、トローベルシューズで25年以上、経理や管理全般を担当して会社を支えてきました。靴づくりの現場作業もこなしています。社長と共に会社の屋台骨を支える存在です。
その多津子さんをサポートしながら営業事務をはじめ、様々な事務仕事を担当しているのが、長女の真悠さん。地元の金融機関で働いていたのですが、一昨年、家業を手伝う決心をして、トローベルシューズに入社しました。一家全員が力を合わせることになった瞬間です。
奈良の革靴産業の得意分野は紳士靴、それもコストパフォーマンスの高いビジネスシューズです。市場は百貨店、専門店、そして量販店。特にGMSなどの量販店市場は、現在の奈良の革靴の最大の市場です。20年以上、人件費の安いアジア諸国からの輸入品がシェアを伸ばし、価格競争が激しくなる一方の厳しい市場です。
トローベルシューズでは、そうした市場に軸足を置き、海外製造品の取扱もすることで顧客の要求に応えながらも、自社製造品では日本製の革靴として譲れない品質を守り続けてきました。靴づくりは工程数も多く、その随所で熟練の手作業を必要とします。品質に妥協せずに市場が求める価格に対応するには、作業効率を上げる不断の努力を求められます。
そうした努力を重ねる日々。家族が揃っている安心感と、次の世代に会社を健全な状態で引き継ぎ、その先に明るい未来をつくりたいという目標があることは、大きな力になります。
二人の子供が自分の会社で働くようになって、章吾氏も今まで以上のこれからのトローベルシューズのあり方、そして日本で靴づくりを続ける意味を考えるようになりました。組合の理事長として奈良の革靴の存在感を高める活動をしつつ、自社のオリジナル商品の付加価値を高める試みにも力を注ぎ始めました。
例えば、自社ブランド「Irodori」のアップグレードです。主に海外製造品で商品構成をしていたこの自社ブランドに、自社工場でつくる日本製の靴を投入し、その比率を高めていこうというもの。
黒いスムース革の靴が圧倒的な比率を占めるビジネス靴市場で、素材にこだわり、ユーザーがその個性を表現できる靴を開発中です。素材には主として植物タンニンなめしのヌメ革を用いて、手彩色で美しい陰影を持つ革靴。庸介氏と共に、ビジネスにも合わせられる落ち着きを持ちながら、新しい印象の、ビジネスマンの足元で際立つデザインと色合いを試作を重ねながら検証して、その完成も間近です。
庸介氏が立ち上げたECも、将来へ向けての挑戦のひとつです。そこでは、今までトローベルシューズが製造してきたビジネスシューズとは違ったタイプの、カジュアルな革靴もよく売れます。そうした新たなタイプの靴の開発にも力が入ります。
実用性が重視され、黒いスムース革ばかりで差別化の難しいビジネスシューズとは違った、個性的な素材を使ったり、天然皮革だけが持つ風合いを生かした靴をつくりたい。そうした思いが強くなってきた、と章吾氏は言います。
トローベルシューズという先代から受け継いだ船を、家族全員で漕いで、波を越えて前に進める。トローベルシューズの今の姿です。
「ここで家族で働いていると、会社で働いていたようなストレスはないですね。言いたいことが遠慮なく言えるから。」と庸介氏は言います。もちろん、言いたいことを言うからぶつかることもあるそうです。でも、そうした本音でのぶつかり合いを日々重ねることが、トローベルシューズの将来を築いていくことでしょう。
株式会社 トローベルシューズ
〒639-1042 奈良県大和郡山市小泉町2475-8
e-mail : trawbell@r8.dion.ne.jp
トロベルシューズ ECサイト (Stout Shoes)