履き始めから柔らかく足を包み、
履くほどに味わいを増す、自然な風合い
日本が誇るヌメ革、栃木レザー。
その中でも、オイルをたっぷり含んで柔らかく、この上なく自然な風合いの革。
日本有数の革靴産地、奈良の革靴メーカー7社が共同で開発した KOTOKA (コトカ)。簡素さの中に美しさを見出し、ありのままの素材を生かす。日本の古都で新たにつくる革靴だから、そうした日本の感性で設計しました。
だからこそ、素材である革は大切。上質であることはもちろん、素朴で日本的な風合いのものを厳選しました。選んだ革のひとつが、オイルをたっぷり含み、自然な肌目を持つ「栃木レザー」です。食肉用に飼育された大型の成牛の革であり、食用肉の副産物でもあります。
靴用の革としては最厚と言える革ながら、履くとすぐ足に馴染む柔らかさ。しっとりとした艶。仕上げの過程で自然に生まれた革肌には、滑らかな部分もあればシボの入った部分もあり、そのどの部分からも何とも言えない味わいを感じる革です。古寺にある大樹の木肌や年月を経た木の柱を思わせる、その味わいが、使い込むほどに深まる様子が革を見ただけで想像できました。
栃木レザー株式会社さんは世界からも高く評価される日本のタンナー(革製造業者)です。植物由来のタンニン(渋)を使った伝統的ななめし方法でつくる革、いわゆるヌメ革を専門にしています。警官のベルトや拳銃のホルスターなど頑強な革製品に使われる、厚くて固い革をつくらせたら右に出るものはない、と高く評価されてきました。近年は、環境にやさしく、経年変化の楽しめる革としてヌメ革の人気が高まり、カラフルに染めた様々なタイプの革を生み出しています。
そうした革の中で、オイルバケッタと呼ばれる、この自然な肌合いの最も豊富にオイルを含んだ「栃木レザー」をよりよく知るため、栃木県栃木市にある栃木レザー株式会社さんを訪問してきました。
木の渋であるタンニンでゆっくりとなめす革。
「栃木レザー」は、この古くから伝わる製法でつくられる。
革は「なめし」という工程を経て、「原皮」といわれる動物の皮を、道具として加工できる「革」に変えたもの。バッグ、財布、ベルト、キーケース、そして靴。我々の身の回りには様々な革製品があります。なめし方法にはいくつか種類がありますが、そうした製品に使われている革の大半は、クロムなめし、という化学薬品を使ったなめし方法で作られます。原皮をクロム溶液が入った大きな回転ドラムに入れて、数時間から一日ドラムを回して革にするクロムなめしは、柔らかく伸縮性があり、染色しやすく、熱や水に強い革をつくることができる、優れたなめし方法のひとつです。
約150年前に開発されたクロムなめしに対し、古代から伝わる方法であるタンニンなめしは、植物から抽出した渋(タンニン)で長い時間をかけて革をつくります。手間と時間がかかる製法ですが、食肉の副産物を原素材とし、最終期には土に還る、環境循環性の高い皮革製法なのです。
栃木レザー株式会社さんは、このタンニンなめし専門のタンナー。ミモザの木から抽出したタンニンを溶かし込んだ溶液に原皮を漬け込む、伝統的な方法でなめしを行います。区分けされたプールのようなタンニン槽で、濃度の薄い溶液から次第に濃いものに原皮を移しながら一ヶ月以上かけてなめしを進める、手間と時間のかかる製法を頑なに守っています。
一ヶ月以上もの間、タンニン槽に漬け込まれた原皮は、ぶ厚く、カチカチの固い革になります。タンニンなめしの革が、主として厚くて固い革製品に使われるのは、このため。この固い革を KOTOKA のような、やさしく足を包む履き心地の靴に使うには、染色から仕上げの段階で、通常の栃木レザーとは違ったいくつもの手間をかけることになります。
強固なタンニン革をしなやかに仕上げるために、染色段階からたっぷり加えるオイル。
履き始めから足に馴染む「栃木レザー」の KOTOKA。しっとりとした感触で、革がオイルをたっぷり含んでいることがわかります。タンニンなめしの固い革をしなやかに変えるために古くから使われてきた手法が、このようにオイルを加えることなのです。
なめしを終えたKOTOKAの「栃木レザー」は、回転ドラムで染色されます。オイルが最初に加えられるのがこの時。染色の際に多少のオイルを加えることは他の栃木レザーにも行われていますが、KOTOKAの使う革に加えるオイルの量は、通常の栃木レザーの5~10倍。回転ドラムで揉まれながらしっかりとオイルを吸収した革に、乾燥の後、再び、銀面(表面)と床面(裏面)からたっぷりとオイルを染み込ませます。この時、革に入れるオイルの量を均一にするのが大切。オイルが上から幕のように流れ落ちる下をローラーで素早く革をくぐらせる機械を使います。
入れたばかりの時は革の上で濡れたように光っているオイルも、しばらく経つと革に染み込んで革をしっとりと柔らかく変えるのです。
厚手のタンニン革ならではの自然な肌目が、
しっかりと揉まれて際立った表情を見せる。
「栃木レザー」の KOTOKA は、皆、この革ならではの風合いを持ちながら、一足々々に独自の個性を見せています。その個性は、この革が、型押しではない自然に生じた不規則な、「シボ」と呼ばれる凹凸を持っているからです。
この自然なシボを生み出すのは、空打ち、と呼ばれる工程です。染色の後一週間ほど宙に吊るされ乾燥された「栃木レザー」は、再び回転ドラムに入れられます。染色のドラムとは違って液体の染料やオイルは入れず、乾いた革のみを入れ、一晩中、つまり8~10時間、ドラムを回します。入念な空打ち、と言えるでしょう。
ドラムの中で揉まれ続けた KOTOKA の「栃木レザー」。取り出す時には柔らかさも増しています。しかし、この空打ちは、革を柔らかくする以上に、革の肌目とその表情を引き立てるのです。
厚手のタンニン革は本来、牛の皮膚であった時に持っていたシワなどの凹凸が、革の表面に残る革です。多くの場合、これをアイロンや磨きなどで、製品にし易くスムーズに加工するのですが、KOTOKA の「栃木レザー」は、逆にこの自然な肌目を念入りな空打ちで際立たせます。
シボがある革は他にも沢山あります。しかし、その殆どは型押しで作られる人工的なシボ。革の全面に同じシボを入れる方が、製品に加工する際には遥かに好都合なのです。KOTOKAの「栃木レザー」は、これとは違う自然なシボ。革の部位によって、スムーズなところもあれば、模様や凹凸の具合が違ってきます。そうした革から靴をつくるので、一足々々にそれぞれの個性を持つことになりますが、型押しされた革とは全く違うその素朴で自然な風合いは、KOTOKA がどうしても表現したかった日本の感性にも通ずるものだと考えています。何より、シボの少ない部分からできる靴も、シボが多く入った靴も、この、オイルをたっぷり入れて入念に揉んだ「栃木レザー」だけが持つ魅力的な風合いを持っているのです。
手塗りのワックスがしっとりとした艶を与える、
この革の個性が完成する瞬間。
オイルがもたらすしなやかさ。揉みで生まれる自然な肌目。これらがつくり出すKOTOKAの「栃木レザー」の特徴に、革の仕上げの最終工程で塗り込まれるワックスが穏やかな輝きを与え、この革が完成します。
ワックスは、手で革に塗り込まれ、プレスアイロンを軽く当てることで革の銀層(表面の層)にしっかりと浸透します。プレスアイロン直後の「栃木レザー」は強い光沢を放っています。少し時間をおくと、この強い艶が、柔らかで優しい艶に変化してきます。
靴をつくるには、平らな革を木型(靴型のモールド)の上で革を伸ばしながら立体形成して、三次元の靴の形にします。この時点で、このワックスの光沢は、さらに控えめになり、より自然な風合いに変わります。仕上げの工程、靴づくりの工程で変化を続ける「栃木レザー」の表情。靴を履き込むにつれて深まり、その魅力を増します。革に刻まれるシワがこれほど美しく感じられる革は、そうそう無いのではないでしょうか。
この革を使った靴は、我々が知る限りKOTOKAだけ。靴にすると、ひとつひとつに個性が出るのが、多くの靴メーカーさんが敬遠する理由ではないかと思いますが、こんなに味わい深い、魅力的な革。使わないのは勿体なさ過ぎる、と思います。
KOTOKAの「栃木レザー」はお手入れも簡単な革です。たっぷりと含まれたオイルは長い間革の中に留まり、簡単には抜けません。なので、こまめにオイルを塗り込んだりする必要はありません。普段のお手入れはブラッシングで埃を払い、汚れが着いたら濡れた布を硬く絞って拭き取る程度で大丈夫。表面の艶が無くなってきたら、シュークリームを薄く伸ばすように革に塗り、ブラシをかけるか、柔らかな布で優しく擦ってください。艶を戻しながら、適量のオイル分を革に補給することができます。
オイルが入っているので少々の雨でも大丈夫なのですが、びしょびしょに濡らすことは避けてください。特に明るい色の革の場合、びっしょりと濡れるとその跡がシミとして残る場合があるからです。この点にさえ気をつけていただければ、とても扱い易い革。
履くほどに拡がるこの革の魅力を多くの方に堪能していただきたい。KOTOKAではそう考えて、この革を使っています。